「なんでもやります!」という人をむしろ積極的に採用していくべき

「なんでもやります!」という人は採用しないほうがいい| kawaparaという記事では、「なんでもやります!」の人は採用されることがゴールになっている傾向があるので採用しないほうが良いよということが書かれています。

まあログミーさんの採用方針というか、かわぱら氏の考え方ということで、それはそれで問題ありません。(他社の方針に対して、問題ありませんと書くこと自体もおこがましいのですが)

さて僕の考え方はというと、むしろ積極的に採用していくべきだろうと考えておりまして、まあ世の中いろんな考え方の人(経営者)がいますよということで、ひとつの考え方として紹介しておこうと思います。

今までの経営者経験、採用責任者経験、面接担当者経験のようなものを連ねると12, 3年ほど、採用に関わるようなことをやってきたのですが、すごくたくさんいたわけではないけれども、ひとりとかふたりとかではないくらの人数はいました。「なんでもやります!」っていう人たちが。それで、今までの経験上、わりとそういう人を採用してきているのですよね。

「なんでもやります!」という人に対して、業務で本当になんでもやらせると、わりとどれにも食指を動かさないというか、あんまり情熱が無い感じだったりして、話を改めて聞いてみると「ほんとはデザイン(だけを)やりたかったんです」とか、なんかまあ、何かもう少し絞られたやりたいことがあったりするのです。でもまあ、そういうのは、それは最初に言ってくれないとってことで、そのやりたい何かとやらについてはよっぽど見込みが無いなら、まあダメなんです。なんでもやるっていうのを評価して、それを念頭において採用しているわけですから。

しかし、たまに、ちゃんとなんでもやるやつってのがいるんです。なんでもやって、そしてなんでもできるようになるやつっていうのが。そういう人に出会えるまで、会社はリスクをとって、「なんでもやります!」という人を積極的に採用していくべきだと考えています。

もともと採用はリスクのかたまりで、いくらポートフォリオを出してもらっても何度面接してもその場で課題をやらせたとしても、一緒に働いてみないことには結局どうなのかわからないっていう部分がものすごくありまして。じゃあ面接なんかしなくていいのか、というと、それはそうでもなくて、明らかに満たないとか、この人とは働けない気がするとか、そういう感覚的な部分も作用としてあったりするので、まあ面接をするわけです。しかしこの面接とかっていうのも実に合理性がないというか、正解だったのかどうなのかはわからないんですよね。Webデザイン界隈のすごい人とかに、たまに「むかしbA受けたんだけど落ちたんですよね」みたいなことを言われる時があるんですが、なんで採用しなかったのか?としか言いようがないクラスの人とかですよ。こう結果から見返すと、落とす意味がわからないんだけども、まあ、その時の判断としては不採用という通知を出すのが正解だということで関係者の腑に落ちていたわけで。もちろん、この腑に落ちているというのも大切な要素で、その人を採用しなかったことで会社が傾いたりしたわけではないし、それはそれとして成長していったのだから別に問題ないというか。で、そういうわけで、実際に働いた後に、採用して良かったなあというケースと、そうでもないケースがあって、特に後者の場合にどうするか?というと、がんばって育成するか、解雇するかっていう話になるのだけども、いずれにしても想像以上に大変なわけでして(そもそも前者の場合にしても、ヒトひとり採用するというコト自体にもかなりのコストがかかるわけだが)、これはもう採用とはリスクそのものなわけですね。

話が少しそれたので戻しますと、「なんでもやる」という時の「なんでも」には、いちおう粒度のようなものがありまして、真の意味でeverything(なぜか英語)なのかつーと別にそうでもないです。とある職域の外側、あるいはずっと離れた領域から、特定のタスク単位で抽出された業務を非連続的にやってもらいますよ、と、そういう感じです。まあ、「なんでもやる」と主張する人のほうは、そんなこと考えてなくて、マジでなんでもやるからとにかく雇ってくれって話なんだと思いますが、それに対してこちらが、よしじゃあなんでもやってもらおうじゃないか、という時の「なんでも」はそういうことだという話です。というのも、やはり採用すると、何らかの部署とかチームとかに配属されるのですが、その時に、だいたいこんな感じの役割の人っていうのが無いとさすがにお互いにアレなのでして、たとえば「なんでもやるデザイナー」とかからスタートになるわけです。ネコメシのような会社規模だと部署はありませんが、手始めにどんなタスクを振ろうかってのがあるので、やはり肩書の形で「デザイナー」としつつも、なんでもやってもらいますよ的な感じになります。

さて、人が成長していくにあたってというか、高いステージへ行くためにはといいますか、そのためには「なんでもやる・できる」というのは基本的な素養となります。その素養は絶対に必要なものです。そして、それを大前提にして、さらに何かに特化した能力が求められます。結局のところ、行き着く先までの道のりにおいて、全方位というか、あらゆる業務の知識や経験というものを身につけていかないといけないので、これはもう、その「なんでも」をやるのが早いか遅いか、先か後かっていう順番の話でしかありません。先と後とでどっちがいいかはわからないけれども、いつかはやらなくてはいけないことなのです。

最初はほんと何もできなくて「がんばります!」ってでかい声で叫ぶことくらいしかできなかったけど、今では立派に高次元のステージで活躍しているかつての同僚たちが何人もいますし、僕自身も働き始めたばかりの頃はPhotoshopとDirectorを手習い程度にできる程度だったけれども、なんでもやりますをアピールして東芝EMIに潜り込めたことが今現在の自分に繋がっていたりするわけですので、「なんでもやります!」、これは最初の判断ポイントとしてかなり重要かなと思ってます。

ということで、僕としましては、多様な成長機会をすべて受け止めてやるという意欲の表れとしての「なんでもやる」なのであれば、たとえ現時点ではなんもできないというくらいにスキルが低かったとしても、情熱と学習意欲のみなぎる姿勢を高く評価し、積極的に採用していくべきだろうと、そういう考えなのであります。

(ちなみに元記事をちゃんと読むと、先を見てる人かどうかが重要というのが結論になっているので、だいたい同じ話なのかもしれないなと思いつつも、タイトルだけ流布しがちな昨今ですので、本記事はこのようなタイトルにしました。)