続・航空会社のサイトはどうして乗り方を説明してないのか

前の記事「航空会社のサイトはどうして乗り方を説明してないのか」が、なんか妙に盛り上がってしまったようなので、これはそもそも何だったのか?というのを一応書いておきます。(こちらはそんなに盛り上がらないと思いますが)

そもそも飛行機っていうのは、一度飛び立ったら着くまでどうにもならないというような、逃げ場のなさが大前提にあるので、不安を抱えたままだとかなりきつい乗り物だと思います(新幹線も、まあ、走り始めたら止まる前提はないのですが、やはりそこは地に足がついているか否かみたいなのはあるかなと。フェリーとかは飛行機にかなり近いと思います)。

僕はふだんUXデザインの専門家という立ち位置で仕事をさせてもらっているのですが、「ここまで不安を積み重ねることができるデザインって逆にすごいな」と。

一体どうやったらこんなことができるというか、起きてしまうんだろうと、思ったことはありませんか? 僕はたまーに乗るたびに思うのです。

僕はなんにしても結果的には、国内線にせよ国際線にせよ乗れてますので、乗れるかどうかという点においては、まあよくわかんなくてもどうにかなる、という辺りが現実だとは思います。もちろん、よくわかんなさが極まって乗るのを諦めてしまう人もいるかもしれませんが、出発の当日に空港のチケットカウンターでチケットを買うという状況を除けば、事前に購入している以上はふつうに考えて何とかして乗っていると思います(係員に聞くか、なんとなく人の波に乗ってどうにかしているか)。

僕が一番気にしているのは、それが「腑に落ちるデザイン」であるかどうかです。それを検証するためにペルソナやCJM(カスタマージャーニーマップ)などのツールがあるといっても過言ではありません。実務的に作成する順番は、ペルソナやCJMが先になるのが通常ですが、その後の制作プロセスにおいて、最初に関係者で合意したペルソナやCJMが「このデザインでいいのか?」という時の判断材料となります。この判断において肝だと考えているのが「腑に落ちるか、否か」です。これは、ペルソナやCJMという背景や状況を示す要素と照らし合わせて整合性があるかという意味です。飛行機まわりに関していえば、成果物たる現実に見えるものたちが全然腑に落ちないな、というのがありまして、それで前の記事を書いたという次第なわけです。

しかしなんというか、飛行機まわりっていうのはなかなか、一社で済む話ではないなというのがまずありますね。航空会社各社だけでなく、空港自体、そこへのアクセスを提供する電車(電車の会社も、JRなり京成なり京急なりモノレールなりそれぞれあり)、ほかにもバスとかタクシーとかありますね。この辺が一体となって、交通機関としての飛行機が成立するわけですから、もう少し情報提供のカタチとして連携してくれないとどうにもならんのだろうなあというのは、まああるわけです。

いや、まあある……からといって、対処しようとしないのは違うなと思っていて、全体としてどうにかするということになると解決するのに長い歳月がかかりそうですが、個別にがんばるという方法であればすぐにもできるはずです。つまり、たとえば航空会社各社が(空港側や電車側が、でもいいのですが、チケットを買ってれば事前に読み込むのはその航空会社のサイトだろうし、空港に着いて困った時に見るとしてもその航空会社のサイトであろうということで)、自分のところではないもの(電車とか空港自体とか)まで含めて説明するということです。読み物ベースでいけますから、一度作れば当面は使えるんじゃないかと思うんですよね。なんでそれが無いのかということです。

前の記事についてコメントで、以下のようなやりとりがありました。

よし子
完全に同意!!
「なぜ?」の視点が抜けてるんですよね。
これって想像力の問題だなーと思います。
2015年8月22日 16:20

匿名
そうですね。筆者をはじめとする丁寧な説明があってもわからない人たちの想像力の問題だよね。

「国内線は第2ターミナルになります」「は?なぜ?」みたいなコント的視点が抜けているんだと思う笑
2015年8月22日 16:36

これ、僕の書いた記事の思惑に対して非常に的を射てまして。しかも「コント的視点」、素晴らしい表現だと思いました。要素の検証をする際の心もちとして非常にわかりやすくて良い言い回しですね。

ここに書かれていることもまさにその通りで、たとえば「国内線は第2ターミナルです」といわれたとして、なぜ”それ”が路線案内でいうところの「空港第2ビル」なのかということです。同じことを言っていると、言ってしまえばその通りなのかもしれませんが、飛行機に乗ること自体に不安を抱えている状況では、こうしたラベルの違いといった些細なひとつひとつが、積み重ねられて大きな不安となっていくわけです。本当にここで降りてもいいのだろうか、と。あるいは、降りたはいいが、本当にここで合っているのか、と。ビルに入ってしまうと、ここは第2ビルですという横断幕がそこかしこに掲げられているわけでもないですから。

不安がどれほど大きくても、実際のところは、なんかよくわからんけど乗れたし行先に着いたわ、ってことになるケースのほうが多いと思いますが、家を出てから目的地最寄の空港を出るところまでの間、「これで大丈夫なのかな?」という不安をずっと抱えているのはかなりストレスではないかと考えられます。快適な空の旅をお楽しみくださいとか言われるけれども、こっちは”本物の”eチケットを持ってないのに本当に大丈夫なのかとずっと不安になってしまうこともあるのです。(実は空港を出ても不安は続きます。羽田に帰ってきた時でさえ、”青砥”行きの地下鉄に乗ると品川で降りれるのかがわからないなど)。

前の記事のコメントで、「調べろ」「聞け」というのが散見されましたが、本物のeチケットを手に入れる方法を調べるのは容易ではありません。というか、手に入らないというのが正解なので、手に入れる方法を調べようとして手に入らなくても問題ないというのを見て納得するというのはかなり高度な技術というか解釈する能力ではないかと思います。eチケット控えがあれば問題ないという答えを見つけることは可能ではありますが、それは検索する側の思考とマッチしてないのではないかということです(しかも実際には、手続きが面倒にはなるものの、eチケット控えが手元になくても本人確認が出来れば問題ない)。以上は「調べろ」に対する話、では「聞け」ということで係員に聞いてみましょうか。「eチケット控えしかないんですけど」と声をかけてみましょう。返ってくる答えは「それを見せてください。はい、何番ゲートに行ってくださいね」です。こちらが求めている回答ではないんですね、これが。問題なさそうだということはわかるんだけども、こちらが抱えていた不安は直接的には解消しないのです。

このことについては、前の記事で「控えではなく本物と言い切っていいのではないか」と書きました。つまり、ブラウザに表示されるのがeチケットの本物であるとして、それを印刷して持っていくと手続きがスムーズになりますよ、という話なのであれば「腑に落ちる」んです。ブラウザに表示された印刷画面の見出しがそもそも「eチケット控え」なのが、このケースでの難しさを助長しているのではないかと思います。「控え」という言葉自体が、本物ではないがその写しとしてのものという意味なので、念のため印刷しておこうという風に捉えられてもおかしくはないんじゃないかということです(手書きでメモすることも控えなので。けれども手書きでメモしたものはeチケット控えとしては通用しない)。しかし現実としてはeチケット控えに載っているQRコードを使いまくりなわけですから、念のためどころか思いっきりレギュラーに必要なもの感があるうえに、eチケットそのものはいつまで経ってもどこに行ってももらえないのです。これを一度不安に思ってしまった場合の気持ちがわかるのかどうかだろうな、と、そういうふうに思うわけですし、QRコードがそんなに大事なら、”eチケット控え”ではなく”QRコード”を印刷して持ち歩けと示唆してくれたほうがよっぽど「腑に落ちる」んじゃないかとも思います。(実際、控えに書かれている座席やゲートなどは当日変更されるかもしれなくて、その変更内容は当日発行される搭乗券に反映されます。しかし控えのQRコード部分はeチケット直結なので変わらず使えます。つまり重要なのはQRコードであってそれ以外のほとんどの文面ではないのです)

この点ひとつとっても、乗り慣れた人からすれば何を言っているんだということになるとは思いますが、それはその通りです。だってeチケット控えを印刷したもの(日本語的には、控えの控え)を持っていればどうにかなるのですから。乗り慣れた人はそれでいいんです。乗り慣れてない人にとっては、ここは、かなり重要な事項なのです。これは、慣れてしまうと初心に帰れないというのは、まああると思いますので、別に同意を求めるつもりはありませんが、航空会社各社には是非とも「そうだね、そこのわかりにくさはその通りだね」と思って欲しいものであります。

前の記事で書いた、チェックイン、駅名、行き先の名称なども、同様のことを問題視しています。ようするに「言っている意味(意図)がそもそもわからない」ということです。しかもこの”わからない”の面倒くさいところは、「わからなくても問題なかったりする」ということなのです。これは、できるかできないかを問う、アクセシビリティ的なレイヤーでは問題視されず、わかりにくいけど結局は乗れてんじゃんという意味でいえば、ユーザビリティ的なレイヤーでもそれほど問題視されないのです。恐ろしいことです。しかし、UX的なレイヤーでは十分に問題だといえるでしょう。UXとは各自の主観だからです。些細な不安がずっとあったというのは、UX的には非常に問題です。

前の記事では書きませんでしたが、ほかにもいろいろあります。いざとなったら人に聞くというのは誰しもが、本当にいざとなれば聞くことはできると思いますが、誰に聞けばいいのかという問題があります。空港には、警察、空港に雇われた警備員、空港の人、航空会社各社の人、その辺を歩いてるCAやパイロット、店員、単純にその辺の人、などなど、実にたくさんの種類の人がいます。警察や警備員に聞いて航空会社各社の流儀の細かい話ができるかというとできないでしょう、航空会社各社の人に聞くにしても自分の買ったチケットでない航空会社だとどうなんでしょう。本当にどうにもならないくらいにいざとなれば、目に入った人かたっぱしから聞いて回れるでしょうけれども、そこまで到達できますか?「聞けよ」と書いた匿名さんに問いたいのですが。もちろん人によるので聞ける人は聞けますけどね、そもそも聞くほどのことなのかという点についても考慮しておきたいところです。

UXデザインというのは、良くも悪くも、結果的にはユニバーサルデザイン的なところがあって、ペルソナやCJMで想定される範囲だけに限定した設計を主軸にしつつ、結果的には救えるところは救われてしまうというカタチにどうしてもなります。なぜなら、一般的にいって、わかりやすいものはわかりやすいからというか、わかりやすいものをわかる人(ペルソナの範疇)が隣のわかりにくいと思っている人(非ペルソナ)に説明できるだろうからです。ようするに、既に作られてしまった各社のサインシステムをトータルにデザインし直すことは難しいと思いますが、各社に従事する人々をペルソナとした教育をトータルにデザインすることは可能ではないかということです。まあ、誰がそのコストを払うのかという問題はありますがというか、たぶんそこが一番の問題なので、民間側で、こうしたことに注意を払った攻略サイトみたいなものがあってもいいんじゃないかなあとは思いますね(ちょっとこれは弊社でミニワークショップ的にやろうかなと思いましたが)。

ちなみに、UXデザインっていうより、ごくふつうのIAとして「ラベル設計」は非常に大切です。同じことをいうなら同じラベルを使えというのは、1サイトの設計であれば当然の話として理解して頂けるものと思いますが、飛行機まわりに関していえば、言い方もまちまちなので、併記するとか注釈をわかるところに入れるとか、もう少し工夫するだけでもだいぶ良くなるんじゃないかなあと、まあそんな感じに思う次第であります。ここで重要になるのが「コント的視点」でもあります。この視点は全要素検証の際に是非とも取り入れましょう(飛行機まわりに限らず、ふつうのIAの検証として)。大なり小なり不安をずっとともなっている人が、本当に当該サービスを満足して使っているのか(=満足して使い切れないよね)ということに気づいて欲しいのであります。

あ、それと、前の記事のタイトルの「乗り方」っていうのが、狭義に解釈されてしまったためにコメント欄がじゃっかん2ch化したのかしらとも思ったりしましたけども、全体的に楽しく読ませて頂きました。たくさんの反応ありがとうございました。

今度ともネコメシCEOブログを宜しくお願い申し上げます。